統合失調症に負けない

統合失調症6年目の私が、病気の悩みや乗り越えるコツについてお届けします

陰性症状を乗り越えて〜寝たきりで過ごした1年間〜

陰性症状を乗り越えて

この記事では、私の消耗期の陰性症状が少しずつ回復してきた様子について書きたいと思います。

私の経験した陰性症状

疲れやすさ

退院してからすぐに、私は消耗期と呼ばれる状態に入りました。まず、毎日異常な疲労感に悩まされるようになりました。何をやっても頭がすぐに疲れてしまうのです。

人と会話しても、10分もしないうちに疲れてきて会話が頭に入らなくなり、ぐったりしてしまいました。気力を振り絞ってスーパーに行くと、独特の不快感が私の頭を襲いました。

スーパーに行って陰性症状に襲われる様子

まるで見えない手で脳みそを丸ごとわしづかみにされたようでした。考えることができなくなり、カラフルな野菜が視界に入ってくるだけで気持ち悪くなるのです。

外出して家に帰ると、頭の疲労感がひどくて、しばらく何もすることができませんでした。毎日連続して外出することなんてとてもできず、外出したらその後1週間はぐったりして寝込みました。

眠り姫状態

毎日夜の9時に寝ても、次の日のお昼頃まで目が覚めませんでした。頑張って起き上がり、昼ご飯を食べても、また夕方まで寝てしまうのです。

眠気が強く眠り続ける子猫

それでも眠くて仕方ないので夜ご飯を食べる時もウトウトします。1日がとても短かったです。

無気力で何もできない毎日

無気力がひどく、たとえばお風呂に入るのも一大イベントでした。お風呂場まで行くことも、服を脱ぐことも、湯船に入ろうとすることも、髪を洗おうとすることも・・・ひとつひとつのプロセスをこなすことは、自分の中の全エネルギを総動員しても不可能に感じられました。

何かをするということがとてもつらく、次の動作を行うまでにしばらく葛藤しなければなりませんでした。その間にもぼーっとして、気づいたら寝ているということもよくありました。

無気力に襲われ過ぎ去っていく時間

とにかく、お風呂に入ろうと決意してから入り終えるまでに何時間もかかってしまうのでした。

目減りしていく貯金

なにもできず、ただひたすら寝続ける状態が続きました。長い長い日々でした。そのまま1年くらい過ぎたあたりからでしょうか、相変わらず眠気はひどかったのですが、なんとかお昼前には起きられるようになることが増えました。

ですが、なかなか活動時間を増やすことができませんでした。仕事は休職していたのですが、傷病手当だけでは生活費が足りず、どんなに節約をしても、貯金は減っていきました。

早く仕事に復帰しなければ・・・。私は毎日不安で仕方ありませんでした。

「先生、陰性症状は良くなりますか?」

「分からない。なんとも言えません。」

私は毎週の診察が終わるたびに落ち込みました。

「先生、疲れやすさを治す方法はないのですか?」

「休むしかない。いまはエネルギーを溜めなさい。」

このまま一生こんな状態なんだろうか?出口のないトンネルの中にいるようでした。

陰性症状という出口のないトンネル

主治医のお医者さんも、お薬でなんとか改善しようとして下さっていて、私はすでに何種類ものお薬を試していました。それでも、副作用ばかりで陰性症状は改善しなかったのです。

病気が良くなるかどうかも分からないのに、どうやって生きていけばいいんだろう。私の将来は一体どうなってしまうのだろう。毎日が絶望と不安でいっぱいでした。

「先生、働けないと暮らしていけないんです。」

「働くことが全てじゃない。抗不安薬を出すのでしっかり飲みなさい。」

処方箋に抗不安薬が追加されました。でも、お薬を飲んでも問題は解決しないように思われました。

私は、なんとか脱出しようともがき続けました。いままでどんなことだって、努力の力で乗り越えてきた。私はこんなことに負けたくありませんでした。

「私は強いんだ。鍛えれば元に戻る。」

頑張れば報われるんだと思い、無理をしてデイケアに通いました。満員電車に乗ると立っているのも疲れてしまうので、何度も駅を降りながら病院までたどり着きました。

ちょっと何かしただけで襲ってくる、頭を縛り付けるような疲労感。デイケアが終わってからも、働かない頭を振り絞って、外来の待合室で勉強をしました。でも、症状はほとんど改善しなかったのです。

陰性症状は越えることの出来ない壁であり、私にとって挫折でした。この頃の私は、自分の病気を受け入れるということができていませんでした。

抗うつ剤とのお付き合い

抗うつ剤を処方される

しばらくすると主治医の先生が変わり、私は抗うつ剤を追加で処方されました。

陰性症状に対して処方された抗うつ剤

毎週少しずつ量を増やしていき、1ヶ月ほど経った頃でしょうか。私は自分の気持ちが明るくなっていることに気付きました。気力も戻ってだいぶ無理せず動けるようになり、少しだけ家事をするようになりました。

相変わらず頭は疲れやすかったのですが、気持ちだけは、何かをしようと思えるようになりました。また、他人が怖かったり、顔色を深読みしていちいち落ち込んだりすることもなくなりました。

抗うつ剤を反対される

新しい主治医の先生は、抗うつ剤をどんどん増やしていきました。それにつれて、私の状態も良くなっていきました。ですが、しばらくして今度は陽性症状が再発してしまったのです。

セカンドオピニオンのお医者さんから、「抗うつ剤は統合失調症には良くないから辞めなさい」と言われ、私はさらに混乱しました。

「うつ病と統合失調症のうつ状態のメカニズムは違うから、抗うつ剤が陰性症状に効くことはない」と言うのです。お医者さんによって意見が違う・・・。私は、何が何だか分からなくなってしまいました。

抗うつ剤の離脱症状

陽性症状が復活し、恐ろしい幻聴をきいているうちに、妄想まで出てきてしまいました。主治医の先生と相談した結果、結局抗うつ剤は辞めることになりました。最初の1週間で抗うつ剤(イフェクサー)を150mgから75mgへ。その次の1週間で75mgを完全にゼロにしました。

しかし、抗うつ剤を完全に辞めて3日目あたりからでしょうか、段々めまいがひどくなり起き上がれなくなってしまいした。なかなか上手く表現できないのですが、頭が5秒おきにフワッと宙に浮いたような感覚になり、そのたびに意識が飛びそうになるのです。吐き気もひどくなりました。

さらに、寝付けなくなってしまい、悪夢と幻覚に悩まされました。GPSをつけた猫やミツバチのコスプレをして自転車に乗っているおじさんなど、意味不明なキャラクターたちが目の中に次々と浮かび上がって来きたのです。しばらく我慢していたのですが、夜中になっても治らないので怖くなり、私は緊急外来に電話をしました。

しかし、当直の先生は「抗うつ剤を辞めてからまだ日が浅いですので、抗うつ剤の影響ではありません。抗うつ剤を辞める不安から来る症状でしょう。」と言われました。

でも、私は抗うつ剤を辞める不安なんて少しもありませんでした。翌日になるとさらに症状が悪化して耐えきれなくなってしまい、もう一度病院に電話したのですが、この時電話に出られた別の先生には「離脱症状(りだつしょうじょう)」でしょうと言われました。

「辛いからといっていま元に戻しても、また同じ過程を通らなければならない、辛いでしょうが安静にして耐えてください」と言われました。仕方ないのでしばらく寝て過ごしました。離脱症状は2週間ほどで少しずつ消えていきました。

時間が癒してくれた陰性症状

抗うつ剤を辞めても、無気力や抑うつ状態が復活することはありませんでした。また、半年単位というかなりゆっくりとしたペースではありますが、眠気が少しずつ軽くなっていき、朝早く起きれるようになっていったのです。

陰性症状が治り、心の中に美しい花が咲いた様子

何が効いたのかはよく分かりませんが、自然治癒力も働いたのでしょうか。退院してからこの状態になるまで約2年掛かりました。

失った20代の5年間

私が統合失調症を発症して入院したり、寝たきり生活を送ったりしている間に、まわりの友達は次々にプロポーズされ、新婚旅行に行き、可愛い赤ちゃんが生まれました。

人生の華やかな階段を進んでいるまわりと自分を比べると、私はなかなか自分の運命に向き合うことができませんでした。

感情が戻ってきた

ですが、時間はかかったけれど陰性症状は回復したのです。いまは、「ただ生きているだけで嬉しい」そう感じられるようになりました。
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陰性症状が長く続いたせいで、元いた職場に戻ることはできず、貴重な若い時間や可能性も失いました。

ですが、症状が回復して感情が戻ってくると、空の青さや季節のめぐりにただ感動することが増えました。まわりの友達とくらべて、私は何も持っていないかもしれないけれど、何かに感動できる自分の心は、何にも代えがたい宝物だと感じます。

いま陰性症状に苦しんでいる方がいらっしゃったら、みなさんは決してひとりぼっちじゃないということと、こうして陰性症状から回復した事例もあるということを知っていただけたら嬉しいなと思っています。